奥八女で暮らす。5つのライフシフト・ストーリー(前編)

2020年の取材記事では、八女暮らしの魅力と、地域に溶け込む仕掛けとなっている賃貸住宅についてご紹介しました。今回はさらに、奥八女と言われる複数地域を取材。星野、黒木、矢部、立花、上陽の各エリアのキーパーソンたちを通して八女暮らしの可能性を探ります。

前編ではお店経営で仕事を創りだしている人たちのストーリーを2つ、後編では地域の受け皿グループと共に自分らしい暮らしをしている人たちのストーリーを3つ紹介していきます。これからのライフシフトを考える人にとって、良いヒントが見つかるとうれしいです。

<星野エリア>素材の良さをストレートに伝えたい!「これが好き」の結晶みたいな暮らし方

KashiKichi星の村

田中秀周(ひでのり)さん、智恵さん。「KashiKichi星の村」のオーナー夫婦。佐賀県出身。名古屋市で出会い、福岡市で暮らして結婚直後に八女市に移住。菓子作りを担当する秀周さんは一般企業に勤務後、菓子専門学校を卒業し複数店舗に勤務。八女市移住後は市内菓子店で2年ほど経験を積み独立、2017年7月29日に「KashiKichi星の村」をオープン。

『KashiKichi星の村』

KashiKichi星の村

「お菓子の秘密基地」をコンセプトにした星野の人気店。焼き菓子やスムージーを目当てに、市外からもたくさんの人が訪れています。世界観がユニークなお店のキャラクター「ほしきち」は友人と一緒に発案し、デザイナーである智恵さんの義兄と一緒にロゴ全体をデザインしたのだそう。お菓子も星型のもの(実は壊れやすく、高い技術が必要な難しいかたち!)がたくさん並び、夫婦のセンスで彩られた空間にもワクワクしてきます。「こんな素敵な場所、見つけちゃった!」という感覚が、まさに秘密基地。

菓子職人の道を歩んで、星野へ

KashiKichi星の村

秀周さん:父親もパティシエで、3歳で職場を訪れた時に「お菓子屋さんになる」と決めたのを鮮明に覚えています。夏なのに涼しい厨房に憧れて、だったんですけどね(笑)。高校卒業の後にお菓子の道に進むか迷ったんですけど、まずはお金を貯めて、それからまた考えようと思って就職しました。そして先生に紹介してもらった印刷の会社では、ある色を作るために何種類も色を混ぜたり、ということをしていました。混ぜる色が増えれば増えるほど調合が難しく、これが「何色です」と伝えることも難しいんですよね。そんな経験もあって私はシンプルでわかりやすい物の方が好きなので、今のお菓子作りでは「シンプルで美味しい」のを大事にしているんですよ。

そうして6年間働いて、ちょうどお金が貯まってきた頃、母親が余命を告げられたんです。これはもう帰る時がきたような気がして、福岡の菓子専門学校に通いながら看病をすることにしました。学校では年上のお兄ちゃん的存在で車も持っていたので、友達とよくドライブ旅行をしていて、それで星野村にも何度か通いました。星野村のことは知らなかったんですけど、その友達から聞いて、実はよく黄昏にきていたんです。

というのも小学校の時に友達が亡くなって「星になったんだよ」と母に聞いてからよく星を見るようになって。苦しむ母親を看病して、亡くした時にも「星になってるわけないな、でもなってるかもしれないな」っていう気持があって。その頃は星野村にいると、なんだかより近くにいるような気がしてたんですよね、今もそう思います。そうした事だったり、修行時代は給料はものすごく少なくて働く時間も長かったり、本当にきつい時期があって、智恵にはだいぶ迷惑をかけました。

KashiKichi星の村

秀周さん:移住のきっかけになったのは、大水害の後に行った時でした。通行止めで回り道をすることになって、いつもよりたくさん星野村を見ることができたんですね。その時に、ロールケーキ屋さんを見つけて、「こんなところでロールケーキ?」というのが意外で気になって入って。するとその社長さんとたまたま出会って、2〜3時間いろんな話をしたんです。

そのあとも時々ハガキが届いて、「一緒にやりませんか」と熱く誘ってもらったんです。2年くらい経ってまた訪れた時にも「お菓子部門を任せたい」と言ってくれて。将来独立する前提で承諾させてもらいました。移住を決断したことを智恵にも告げて、結婚式を挙げてから星野村の市営住宅で暮らし始めたんです。

本当に生きたくても生きれない人のために頑張ろうと思って、つらい時期を乗り越えてから、ようやく今こうして落ちていて、子供もできて、本当に幸せだなって思えるようになってきました。

好きなこと・できることを追求したお店作り

KashiKichi星の村

秀周さん:それから2年間くらい働いて独立を考えているころ、ちょうど空き店舗が見つかりました。空き物件を探しているとよく口に出すようにしていたら、市営住宅の新年会でたまたま紹介してもらえて。市営住宅に住みながら、そこを店舗兼自宅に改装しました。この時はものすごく忙しかったですね。店舗契約をしたのが2017年6月で、7月には開店しました。

元はうどん屋さんだったんですけど、内覧してみたらとりあえず住める環境も作れそう。そこでちょっと設計をして、大家さんが大工さんなので「お金がないのでこのぐらいでお願いします」って厨房を広げて2階も作ってもらいました。たまたま小さなシャワールームももらえたので、シャワーだけで3年過ごして。今住んでいる家はまた別の空き家を買って知人にリノベーションしてもらったんですけど、3年ぶりにお風呂に入った時は感慨深かったです。

Kashikichiの店舗デザインも、この家も、私たち2人が好きなものを集めていて。2人が納得しないと採用しない、というのを大事にしていたから居心地がいいですね。旅行が好きなので、各地のアンティークショップとかで気に入ったもので装飾しています。旅館やカフェからインスピレーションを得たり。出かけてみて、触れてみて、自分の好きなこととか得意なことに気がつくことって結構ありますよ。

KashiKichi星の村

秀周さん:お菓子は、せっかく遠くから来てもらうんだから、どこでも食べられるものじゃなくて、この土地を活かしたものにしたいなと思いました。フルーツは農家さんに自分たちで直接出向いて仕入れてるんですけど、作ってお客さんに出るまで見れるっていうのは、ものすごくいい経験ですよね。特にスムージーには自信があって、全部混ぜても濃度がしっかりしています。自分が思う最高の配合で、なんのごまかしもなく「どうだ!」という気持ちで出しています。

自分が思っている「ちゃんとしたスムージー」を飲みたいっていう人が支持してくれてるのかなって思います。これが本当のブドウの味、桃の味、抹茶なんだっていうのを伝えるのは、やっててなんか本当にいいですね。いろいろ混ぜすぎたら、色を混ぜる話のように、もうごちゃごちゃになって何の味かわからなくなるし、個人的には食べて疲れるなって思っていて。

星型の焼き菓子も、全部手作業で抜いていて、ひとつひとつ箸を使って丁寧に包装しています。そういう手作り感があって、わかりやすくシンプルでおいしい食べ物としてのお菓子を目指していて。それが他にはあんまりなくって、意外にユニークなお店になったのかな。自分が考えてることが形になって喜んでもらえて、それはなんか本当うれしいし、楽しいですよ。

KashiKichi星の村

星野で、もっと世界が広がった

八女市星野

秀周さん:移住してからは、星野村ってこんなに人が来るんだ、と驚きました。いろんなアクティビティがあるんですよね。ヤマメ釣りや温泉や、星を見にきたり。

星野村は地理的に九州中央のちょっと上なので、いろんな所に行くには便利です。佐賀に帰省したり、熊本、大分、長崎とか、サイコロ転がして選ぶじゃないですけど、行き先を選べる楽しみがあります。有名な温泉地だったら1〜2時間あれば下道でどこでも行ける距離で。アクティブなので、プライベートの楽しみは増えましたね。

福岡市内へは高速道路を使えば1時間弱で行けますし、お手軽に街とのギャップを楽しめる田舎暮らしができる村でもあります。悪く言えばいろんな行事とかが面倒くさかったりとかあるかもしれないんですけど、よく言えばそういういろんな人と交流できるし、本当に人に恵まれてるなっていうのは感じます。

住みやすいなとは思ってます。交流があったからこそ、お店ができたし。この新居に住まわせてもらう上で先日挨拶回りをして、なんかビクビクした気持ちもちょっとあったんですけど、歓迎してもらって。あんまり気にせずに、自然と波に乗るのがいいのかなと思います。

田舎に来ると人間力をちょっと試される部分もあって、DIYとか、無かったら自分で作ろうとか。そういう人間としての力がついたのかな…楽しくついたというか、イヤでしているわけじゃなくて。都会はなんでもあるので誰でも住めるじゃないですか。でも逆にできることが増えたというか、視野も本当に広がったなと思います。

若いチームと、明るい星野をつくりたい

八女市星野リノベーション住宅

秀周さん:星野村のイメージって「おじいちゃんとおばあちゃんの村」みたいなのが若干あると思うんです。でも実は若い人たちの活気もあって。この家を建てたのも、一つ下の大工さんとか、その友達の左官さんや造園師さんとかの、星野村の若いチームだったんです。ほかにも、イタリアにも修行に行った20代の出張料理人がいて、猟をしながら自分でジビエ料理をしていたり。ワーキングホリデーとかで海外に行ってきた若い子もいて、そういう視野が広い人たちがいて面白い場所だと思います。

何かしら自分の力を持った人は特に、やりやすい場所なのかな。訪れる人も多くて、有名な蕎麦屋さんがあったり、カフェも増えてきていたり、いろんなところが相乗効果で人を呼び合っていて。自分たちは最初の頃、村外のお客様から「どうせすぐに潰れるよ」なんて間接的に言われたこともありましたが、ようやく認めてもらえはじめた頃に、そんな若い子にも触れ合うようになってきて。その若いチームで、何かやれそうだなって思います。星野村の若い子たちって結構、団結力があるんですよ。

今はコロナ禍で状況が状況なんですけど、カフェはしたいなと思っていろんな構想をしていいます。あと、子どもは4人欲しいなと思っていて。親が近くにいないので、2人目の子供ができていろんなハードルを感じはじめてはいるんですけど、核家族でもこうやって頑張れるんだよっていうのを若い人たちにも見せられるといいなって。育児では子どもの夜泣きだったりの大きな生活音が出ちゃいますよね、でもうちはお隣さんとも少し離れているので気にしたこともありません。賑やかな家庭にもしたいし、そういう賑やかな家庭を求めている人にも来てほしいですね。

KashiKichi星の村

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