【F-LIFE SHIFT story vol.14】オランダから移住し、世界53カ国で読まれるコーヒーカルチャー誌を福岡で編集する理由。

「F-LIFE SHIFT story」は福岡に移住してきて暮らしや働き方、考え方などをシフトした人たち(先輩移住者)のストーリーを追った特集です。福岡に来て何が変わったのか、これから福岡で暮らしていきたい・変えていきたいという人たちの参考になればと思います。

福岡は春日市に、世界53カ国で読まれるコーヒーカルチャー誌『STANDART』日本語版の編集長が住んでいる――。そんな噂を聞きつけ、室本寿和さん、その人を訪ねました。

今回の取材場所は、室本さんが編集業の傍ら、不定期にバリスタとして働いているという福岡市・東区のカフェ、『BASKING COFFEE』。
北九州出身、オーストラリアやオランダでの居住経験も経て、現在は福岡・春日市に拠点をおく室本さん。世界に点在する7人のチームで雑誌を作り上げている室本さんに、福岡で編集を行う背景や、働き方、ライフスタイルなどについてお話を伺いました。

コーヒーカルチャーとの出会い

―オランダなどの海外から福岡へ戻られたとうかがっておりますが、改めて経歴をお教えいただけますか?

はい。高校生のとき、夏休みにニュージーランドへ短期留学する機会があり、それがきっかけで海外へ興味を持ちました。そんな背景から、高校卒業後はオーストラリアの専門学校で3年間、通訳と翻訳の勉強をしていたんです。そこから帰ってきて、博多で翻訳・印刷を扱う会社で5年ほど働いていましたが、海外への想いもあって、これからのキャリアを考えていたころ、タイミングよく会社からオランダの事業所に転勤の話があり、二つ返事でオランダに駐在することを決めました。それから5年間はオランダで働いていました。今、僕が編集長を務めているコーヒーカルチャー誌、『STANDART』に出会ったのは、オランダで暮らしているときです。

―『STANDART』はコーヒーカルチャーを扱う雑誌ですが、もともと、室本さんご自身はコーヒーとゆかりが深かったのでしょうか。

転機になっているのは、オーストラリアで過ごした学生時代ですね。オーストラリアにはカフェがたくさんあって、文化としてコーヒーが根付いているんです。
友達と会うのもカフェだし、自動販売機があまりないから、ソフトドリンクを買うのもカフェ。コーヒーも、朝、昼、おやつ、帰り際に買うのが習慣になっている。ライフスタイルにコーヒーが溶け込んでいて、それが心地いいなと思うようになりました。
それで日本に帰ったあともカフェに通い、スペシャルティコーヒーという、質の高いコーヒーを飲むようになって。オランダに異動したころは、ちょうど「コーヒーのビッグバン」というか、世界的にスペシャルティコーヒーを扱うカフェやロースターがどんどん増えている時期だったんです。その流れで、僕もワークショップへ行ったり、コーヒー屋さんと仲良くなったりして、コーヒーが持つ可能性に惹かれていきました。

舞い込んだチャンスを、つかもうと決めた

―そんな中、『STANDART』と出会ったきっかけは何だったのでしょうか?

2015年、アムステルダムのコーヒー屋さんで英語版の『STANDART』創刊号を見つけたんです。それを読んで、おもしろいなと思って。日本では、カフェの店舗紹介はあっても、コーヒーカルチャーそのものに焦点を当てた雑誌には出会ったことがありませんでした。
でも『STANDART』では、コーヒーのまわりの人や物、カルチャーに焦点を当てていた。しかもその焦点の当てかたが一方向ではなく、すごく多面的なんです。たとえばイラクのバグダットでどんなコーヒーが飲まれているのかとか、カフェは社会的にどういう位置づけなのかとか、そういう話は僕にはすごく衝撃で。そこから定期購読を始めて、1年半ほど読んでいました。

―ひとりの「読者」から、日本語版の編集長になられた経緯とはどういったものだったのでしょうか?

2016年に英語版の『STANDART』をカフェで読んでいたら、「2017年に日本語版が出る」と書いてあって。これは何か関わりたいと思い、その場ですぐSTANDARTの編集長宛にメールをしたんです。STANDARTへの想いと何かできることはありませんか?って。返信なんて来ないだろうと思っていたら、20分後には「それで、あなたは何ができるの?」と返信がきて。思いつく限りできることを話したら「じゃあウェブサイトを翻訳して」と。それが仕事で関わりはじめたきっかけですね。
実は当時、すでに日本語版の専任は別の人に決まっていました。けれど事情があってその人が辞めなければならなくなり、「じゃあ、トシやる?」と言われて。もともと僕も、いつかコーヒー屋をやりたい、コーヒーに関わりたいという思いがあったんです。でも結婚して子どももいたので、なかなか踏み切る度胸がなくて。そんな中で舞い込んだ話で、これは自分がこれまで仕事で学んだことを生かしてやりたいことをやるチャンスだと思いました。
そこで「やりたい」と言って。週末にSTANDARTが拠点を置くプラハに行き、世界各地から集まった4人のチームメンバーと初めて会って。お互いに感覚も合ったので、会社を辞めて『STANDART』日本語版の編集長になることを決めました。

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福岡はアムステルダムに似ている

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