【F-LIFE SHIFT story vol.13】福津市へ移住して「やりたいことを生業にする決意」で得たもの。

―「もの作りをしたい」という確固たる思いがあって、その中でご自分が生業に出来るものを模索されたんですね。奥様と共にこちらへ移住されたのは、何かきっかけがありましたか?

もともと妻が福岡県の古賀市出身で、その縁です。僕も妻も、東京で暮らしていくイメージが持てなくて。経済的にも、子どもを持つことを考えても移住は一つの選択肢でした。僕自身は、地元愛とか地域への愛着心が強いタイプではないので、福岡への移住もそんなにハードルを感じませんでした。東京にいたままだったら、この仕事を立ち上げることが出来ていなかったと思いますし、家族が増えるという事も無かったと思います。
2012年8月から古賀市の義父母の家で約2年暮らして、そこから宗像・福津方面で物件を探して、福津の家に引っ越してきたという流れですね。移住からこの間に子どもが2人生まれて。今は4歳と2歳です。古賀ではなく、少し離れたところにしたのは、義父母に頼りすぎず、自分たちなりの子育てを楽しみたいと思ったからです。移住して“人”との距離も近くなった気がしますね。

―東京のように大きな都市で一大消費地だと、仕事は仕事、家庭は家庭。先ほど久村さんがおっしゃったようにはいかなかったかもしれませんね。それに子どもに働いている父親を見せることが出来るのも、ゆくゆくは良い思い出になるかもしれませんね。

そうですね、今はまだ小さいからわからないと思いますが、大きくなったら、「仕事と暮らしで分け目が無い」ということが今の日本では不思議なことだと感じてくれるようになるかもしれませんね。子どもの様子を感じながら仕事したいなと思っていたので、今は良い感じですね。

─今後、何かチャレンジされたいことはありますか?

今は色々な形のバッグを作っている段階です。試しながら特化していきたい思いもありますが、色々なものを作ることで技術が上がるし、試作品から時間を置いて、アイデアを寝かせて発酵させることも出来る。あ、それは東京だったらまず出来ないことだったと思います。ここだから出来ることですね。それと、暮らしの中から生まれるものもあると思うので、先々は福岡・福津で作る意味や、強みも作っていきたいと思います。そうそう、僕が尊敬している方が、昔、ジーンズメーカーに勤めていた頃の上司なんです。その方が自社製品を本当にこよなく愛していたんですよ。作り手としては、やっぱりどの商品にも愛着があります。TEJIKAを男女問わず幅広い世代の方々に使っていただけるものに育てていきたいです。

丈夫でずっと使い続けたくなる、シンプルなデザインの商品たち。マチの広さ、ポケットの多さ、肩紐や持ち手の幅の広さ・・・ところどころに『使い手の日常で手近に使われたい』という久村さんの考えが反映されている。丈夫な生地が使われているため、毎日使って自宅でザブザブと洗って、「本当のマイバッグ」に育てていくことができる点も嬉しい。
TEJIKAさんのインスタグラムでは、制作のこと、久村家の日々、そして愛らしい2人のお子さんの様子がつづられています。「やりたいことへ飛び込んだ決意」が生み出した「TEJIKA」と久村さん一家の福津での暮らし。
写真を1枚、また1枚と眺めていたら、手元のバッグがとても大切なものになりました。
(取材場所協力:ぶどうのたね

【TEJIKA】
http://tsukanoma.com/

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