新型コロナウイルスによって、日本はもとより世界中が大きな変革のときを迎えています。近年、話題になっているデジタルトランスフォーメーション(DX)の動きも加速すると考えられますが、このDXについては、まだまだ理解が浸透していないのも事実かと思います。そこで今回は一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会 代表理事の森戸裕一さんと、LINE Fukuoka株式会社 取締役COOの鈴木優輔さんに、DXの概念からDXが街にもたらす可能性について具体的な取り組みを交えて伺ってきました。
社会全体がデジタル化
――まずは森戸さんにお尋ねさせてください。最近、DXという言葉を目にすることが増えてきましたが、そもそもDXとはどういったものなのでしょうか?
森戸さん:DX関連の講演や研修などで、ITとDXは何が違うのか?とよく質問されます。ITはInformationTechnology(インフォメーション・テクノロジー)なので、情報技術で仕事の省力化や効率化を目指すことになりますが、DXはDigitalTransformation(デジタルトランスフォーメーション)なので、デジタルを活用して産業構造を変容させたり、人々の働き方や学び方を根本的に変えるという概念になります。DigitalTransformationだったらDTではないの?とも言われますが、社会変化や変容(Trans)を促す体験(eXperience)をするような意味合いでDXと表現されているかとも言われています。ですので、IT技術で業務効率化を図るといった部分最適に近い小さな話ではなく、社会全体を変容させるためにデジタル技術を使うという話になります。もっと言えば、スマートフォンの爆発的な普及、5Gなどの高速通信回線網の整備、キャッシュレス決済など商習慣の変化など社会がデジタル化される中で、今まで常識だと考えてきた生活スタイルをどう変容させていくかという考え方が根本にあります。自分や会社、行政をデジタル化するのではなく、社会がデジタル化される中で、自らの働き方や学び方などの行動スタイル、ビジネスモデルなどを含めた産業構造をどう変容させるかという概念で考えると、分かりやすいのかなと思っています。
一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会 代表理事 森戸裕一さん
総務省地域情報化アドバイザー、内閣官房シェアリングエコノミー伝道師、サイバー大学教授、ナレッジネットワーク代表取締役。地域や企業のDX、次世代人材育成などを支援している。
――社会全体がデジタル化されるとは、どんなことでしょう?
森戸さん:皆さんがスマートフォンを自発的に持ったことがすでに社会全体のデジタル化とも言えるのではないでしょうか。従来型のガラケーもありますが、全人口の8割近くがスマートフォンをお選びになられたということは、社会全体がデジタル化されているということになります。だから働き方や学び方、企業活動などを変えていこうという話です。
――なるほど!その中で、日本デジタルトランスフォーメーション推進協会はどんなことをされているのですか?
森戸さん:DXを推進するデジタル技術を提供する企業とデジタル技術で産業構造を変革しようと考えている企業や行政機関などをマッチングをする組織になります。例えば、富士通やマイクロソフトといったIT/DX企業が提供するサービス分析と、九州電力や福岡銀行のような民間企業の業務分析や事業構想立案支援や福岡市役所や福岡県庁のような自治体などの総合政策などの立案支援を行っています。コンサルティングというよりもビジネスプロデュースに近いです。テクノロジーをどういう形で実装すれば社会がいい方向に変容するかを考えています。もともとDXは、テクノロジー活用が社会を良くするという概念なんです。コンピューターが人々から仕事を奪うとかいう話ではなく、課題満載の社会を良くするためにどのような形でデジタルを機能させるかということを、うちの団体は常に考えています。
――そもそもDXの概念はどこで生まれて広がってきたのでしょうか?
森戸さん:もともと2004年にスウェーデンの大学の先生が提唱した概念です。デジタル化ということでいうとGAFAを含め欧米企業が広めようとして、本格的に社会実装したのはコロナ禍での中国だと私は考えています。日本はまだまだデジタル化には慎重で、セキュリティに不安があるとか、シニア世代や地方都市の方々のリテラシーがとか、デジタル化を推進しない理由が先にきてしまいます。しかし、コロナ禍になって国も非常事態宣言以降、デジタル活用が急務だという空気になっています。
――日本ではあまり浸透していないのでしょうか?
森戸さん:国も自治体もデジタル化については一生懸命取り組んでいると思いますが、その取り組みが国民や住民にはあまり知られていないんじゃないでしょうか。私が東京と九州の2拠点生活をして感じているのは、首都圏などの都市部は狭い地域ですごくデジタル化が進んでいる一方、日本の地方都市で見るとデジタル化は進んでいないと感じています。過疎化や高齢化が進み、地域課題が山積している地方都市でこそDXは必要だと考えています。
――福岡市では、多くの実証実験が行われていますね。
森戸さん:私は10年ほど前から福岡市役所の職員研修の講師を担当しています。その中で感じているのは、福岡市は率先して自らの組織も変わろうとしていますし、地域を実証実験の場としてベンチャー企業などに提供しています。変革都市として九州全体のリーダーシップを取ろうとしていると感じています。福岡市の約1万人の職員が地域のデジタル化に伴って働き方などを変えていけば、企業にも周辺自治体にとっても参考になるモデルになるのではないでしょうか。
――日本でDXを浸透させるためには、何が必要だと思われますか?
森戸さん:今回のコロナ禍で緊急事態宣言が発令され、強制的にリモートワークなどが求められ私たちはオフィスに行かなくてもある程度は仕事ができると気付きました。日常の行動が変わると潜在意識も変わりますので、顕在意識でも新しい生活習慣を受け入れることができるようになりました。これからはオフィスワークに戻すのか、リモートワークを継続するかを議論するのではなく、併用して割合を考える時代になります。デジタルとアナログの併用、融合みたいな形で新しい生活様式を創造していけばいいと思います。しかし、今でも元のオフィスを中心にした働き方に戻したい人がいるわけです。オフィスじゃないと組織マネジメントが難しいと言われます。そこは、環境がどうこうではなく、自らのマネジメントスタイルを変えてもらうということを求めています。まずは、組織のマネジメント層の行動を変えなければいけないと思います。行動変容のための教育を強化するというのはDX推進に真剣な組織はどこでも取り組んでいます。ただ、どうしても行動を変えないのであれば、リーダーを入れ替えるしかありません。
――ただ、なかなか難しそうですね…。
森戸さん:ほら、そのような言葉を出してしまうのがNGなんです。本当は難しくはないのに、「なかなか難しい」と言ってしまうと思考停止に陥ってしまいます。私はいつも「DXなどの行動変容の研修の間は絶対に難しいとは言わないでください。自分の思考を止めるだけでなくまわりの受講者まで難しいと思ってしまうので」と話しています。実はデジタル化というのは社会をものすごくシンプルにしています。人力でやってきた仕事をデジタル化すると非常にわかりやすくなります。無駄なモノを持たず、無駄な動きもなくなり、めちゃくちゃラクになります。だけど、それを何かと「難しい」と抵抗して、慣れたやり方を続けようとする方々がコロナ禍の前までは目立っていましたね。
――わ、まさにNGワードを口にしてしまいましたね…。今のような話を組織の管理職の方々にもされるわけですよね?
森戸さん:そうですね。だから私の講演や研修に参加した8割くらいの方々には嫌われてるんじゃないかなと思っています(笑)。ただ、比率的には2割の方が変わってくれればいいと考えています。組織のデジタル化が急速に進むとホワイトカラーと言われる事務職がなくなるわけで、管理職の方々もそんなに数がいらなくなります。ただ、時代の変化にあわせて「働き方や事業をこのように変えていこう!」とアイデアを出し、組織を牽引する変革リーダーは絶対的に必要で、それは年齢を問わずシニア世代でも新人でもいい訳です。そういう変革をいとわない人材が管理職として活躍する時代がくるでしょう。
――森戸さんがいろいろなケースをみられてきた中で、組織が変わるきっかけは?
森戸さん:トヨタ自動車の豊田社長や福岡市の髙島市長みたいな変革意欲が高いリーダーが存在感を示せれば、当然、組織は変わっていきます。ただ、トップの変革意識だけでなく、社員や職員が危機感を持ち、「このままではいけない、やはり変えていかなければ」と働き方や業務プロセスなどの変革に積極的に取り組むために上層部に提案を繰り返している組織もあります。それに聞く耳を持っている管理職がいることが前提ですが。
――DXが浸透すると、人々の暮らしやまちがどのように変わるのでしょうか?
森戸さん:先ほど少しお話しましたが、高齢化社会を迎えている日本、特に地方都市においてDXは必須だと思っています。人生100年時代と言われますが、高齢になると記憶力や体力が落ちたりするので、何かで補完しないと楽しく生き続けることはできません。例えば、記憶力を補うツールが出てきたり、体力を補完するロボットや自動運転の車などが社会に実装されることで、私たちはより幸せに生きられると考えています。それが、デジタル化で社会がよくなるということにつながるのではないでしょうか。