北九州市がオンライン移住相談窓口を開設!まちに寄り添った仕事を生み出すポルトの菊池さんに聞く北九州と移住のこと。

世界中で猛威をふるっている新型コロナウイルス。日本では一部地域で緊急事態宣言が解除されるなど緩和に向けて動き出していますが、もう以前のような日常に完全に戻るのは難しいでしょう。感染防止のため3密を避けた暮らし、企業もテレワークを推奨するなど生活様式が一気に変わりはじめています。都心への出勤も見直されている中で、いま関心が高まっているのが地方への移住です。特に生きるための食べ物をただ買うのでなく、それ自体を自分たちで作れる術を身につけようと自然に近い暮らしを求める方が増えています。

コロナ以前までは、移住を検討する際には対面での相談窓口に出向き、情報収集するという方法がありましたが、移住ニーズが高まる一方でなかなか相談に行けないというのが現状です。

私たちも移住希望者のサポートをするにはどうしたらいいのか、いろいろと情報を探っていたところ、「オンライン移住相談」というものをいち早く開設した自治体がありました。
それが福岡県北九州市。同市にはこれまでも多くの移住相談が寄せられ、近年では移住先として人気が高まっており、ニーズに応えられるようスピード感を持って整備を進めていったそう。
「オンライン移住相談」は5月1日からスタートということでまだ間もないながら、早速相談が入りはじめているということで、今回の相談員として、自らも東京、福岡市での勤務を経て北九州市にUターン移住、門司港にてゲストハウス『ポルト』を営む菊池勇太さんと、北九州市企画調整局地方創生推進室で移住部門を担当する職員の柏木さん、中野さんを交えて、市のこれまでの取り組みや今回の企画について、こちらもオンラインでお話を伺いました。

▲左から中野さん、柏木さん、菊池さん

もっと気軽に相談を

――5月1日にZoomによる移住相談を始められたということですが、北九州市では以前から移住相談を受けていたのですか?

北九州市・中野雅大さん(以下、中野さん):はい、北九州市にはもともと相談窓口が2つあります。一つは北九州市役所内にて、もう一つは北九州市役所の東京事務所にあります。東京事務所には移住相談員がいて、仕事や住まい、北九州市に関すること等の相談を対面や電話、メールで受け付けています。地方創生という国の大きな枠組みの中で、数年前から移住に力を入れてきました。
新型コロナウイルスの影響で、地方移住への関心が高まる中、現状では対面での相談が受けられない今、新たにオンラインでの相談窓口を開設することになりました。
http://ssl.city.kitakyushu.lg.jp/page/kitakyushulife/sumitaiinaka/

▲小倉駅(小倉北区)

北九州市・柏木佳奈子さん(以下、柏木さん):最近は相談者の方に、第二新卒といわれる若い方、東京で働いてみたけど「ちょっと違うな」と感じて移住を検討される方も増えてきていると感じています。どの年代でもUターンはもちろん、I・Jターンで検討される方も多くいらっしゃいます。北九州市役所の窓口だけで週4~5件はご相談いただいていました。

――ご相談が結構多いのですね。今回、菊池さんが移住の相談員になられた経緯はどういったものだったのでしょうか?

柏木さん:菊池さんご自身が東京からのUターン経験者で、客観的に北九州市の良さも悪さも分かっている。さらに門司港でゲストハウス『ポルト』を経営されていて、市内外の人や情報が集まる場所にいる。年齢もターゲットである若年層に近い方なので、お声がけさせてもらいました。

▲北九州を代表する会社シャボン玉せっけんに工場見学をした時の菊池さん。手に持っているのは切る前のせっけん。ちなみに手で曲げられます。北九州あるあるの1つ。

――まさに白羽の矢が立ったのですね。菊池さん、お話をいただいて、どんなお気持ちでしたか?

菊池さん:すごくうれしかったです。僕は22歳まで北九州市で過ごし、東京と福岡市で働いてから、2年ほど前に地元に戻ってきました。もっと若い人が増えてほしいと思い会社を作り、個人的に移住の相談を受けたりして、『ポルト』を通じて移住してくれた人たちもいるんです。自分なりにできることをやっていたところ、今回、相談員のお話をいただいて、公認していただいたというと変ですけど、仕事として携われることが非常にうれしいです。相談窓口の業務外であっても、おせっかいに物件の案内とかまでしちゃったりするかもしれません(笑)。

柏木さん:菊池さんのおせっかい、ぜひ。どんどんお願いします(笑)。

――菊池さんはすでに個人的に移住相談を受けられていたのですね。Uターンが多いですか?

菊池さん:Iターンの方もいますよ。うちの社員に2人、あとは東京から来た独身の男性やご家族も。

自分に合うスタイルで

――移住先として、北九州市にはどんな魅力があるのでしょうか?

菊池さん:北九州市は炭鉱が近く、八幡製鉄所や貿易港として栄えた門司港があったため、全国から労働者が集まり、歴史的に地元の人と移住者が一緒に作ってきたまちなんです。いわゆる農村部のように地元の人ばかりではないので、“よそ者”という概念もなく、移住者が阻害されたという話も聞いたことがありません。いろんな人が集まっているのが自然なまちのあり方なんですよね。
また、5つの市が合併して北九州市になったため、エリアごとの特性があって、自分に合った環境や暮らし方を選ぶことができます。多様性があって受け皿が広いのは、大きな魅力だと思います。

▲めかり展望台(門司港)

――なるほど、多様性ですか。

菊池さん:もともと100万人都市なので、市のサイズが大きくて切り口が多く、仕事も多様にあります。とはいえ、福岡市の中心部ほど人が多くない。病院や学校、保育所などの社会インフラが整っていて、高齢者が住みやすい、子育てしやすいというのも人気の理由です。
僕のゲストハウスがある門司港という港町は、島みたいにゆるりとした時間が流れています。都心の市役所から車で25分もかからないのに、人も空気感も違うんですよ。いろんなエリアがあるから、自分らしく暮らせる場所が見つかると思います。僕は熊本県の阿蘇でも会社をしているのですが、阿蘇は阿蘇らしい暮らしを求めて移住して来られる。だけど、北九州市はここに来てから、自分に合うところを選んでもいいし、自分のスタイルを作っていく楽しみもあると思います。

――日経のランキングで、子育てしやすいまちの上位にもランキングされていましたね。

柏木さん:そうなんです、他のまちで働くお母さんたちにはいつも「北九州市はうらやましい」といわれます。例えば、子どもが夜に熱を出したときなどに救急医療が24時間受けられるところが市内に2か所もあるとか。菊池さんがおっしゃるように社会インフラはすごく整っていて、病院や教育施設、文化施設、子どもが遊べる施設、公園などが充実しています。市民1人あたりの都市公園面積も広くで、歩いてすぐのところに公園があり、海や山も近い。別府の温泉まで、車で1時間もあれば行ける。都会と田舎のおいしいところ取りという感じですよ。

――菊池さんは北九州市に戻って来て、仕事や暮らしはどう変わりましたか?

菊池さん:都会にいるときは、とにかく買い物して消費していた気がします。でも、ここでは近所の人たちに食べ物をいただくことが多くて、今はタケノコをもらって毎日タケノコづくしのご飯です。野菜やおかず、シフォンケーキももらいました。買い物するときも何かをもらったりして、門司港は島のような温かさがあります。うちのスタッフは移住者なのに僕よりまちの人たちと仲良くなっていて、「犬も歩けば棒に当たる」みたいに「ポルトのスタッフがまちを歩けば何かもらってくる」というのは結構あります(笑)。

――それ、いいですね!

菊池さん:仕事環境は変わったし、それ以上に暮らしにおける人とのつながりや充実度が違いますね。例えば、東京や福岡市で暮らしていたら、近所のおじいちゃんやおばあちゃんと話すことって、ほぼないと思うんです。でも、門司港はいろんな人が話しかけてくれて、仕事以外で話す人の幅が広がりました。

――あまり干渉されるのは嫌という人もいると思うのですが、どの程度の関わりですか?

菊池さん:決して過干渉じゃないんですよ。町内会や消防団に入らなければいけないということは全然なくて、関わりたい人は関わればいいし、そうでなければ緩やかにあいさつ程度でもいいという自由さがある。だから居心地がいいですね。

柏木さん:私もこの3月まで東京で働いていて、久々に北九州市で暮らしているんですけど、小倉の旦過市場で買い物をしていると、毎回誰かに話しかけられるんですよ。キャベツを手に取ったら、「これ、安くていいよね」とおばあちゃんに話しかけられたり。お店の人に「どれがおすすめですか?」「どう調理したらいい?」と聞いて、いろいろ教えてもらえるのもありがたい。「ああ、北九州に帰って来たなー」と実感しています。
東京では電車もまちなかも知らない人がぎゅうぎゅうで、いかに自分のパーソナルスペースを守るかに必死になっていたけど、ここではむしろ人との関わりが心地いい。まわりに守られて生活しているみたいな安心感があります。

▲旦過市場(小倉北区)

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