福岡には伝統ある産業が沢山あります。「有明海の海苔」もその1つ。
かつて「宝の海」と呼ばれた有明海は、筑後川や矢部川など多くの川から豊かな栄養分が流れ込み、多様な生物を育む日本屈指の豊穣の海です。
海苔養殖のシーズンが終了した初夏の6月。「紫彩」や「藻紙」といったオリジナルブランドを生み出し、宝の海・有明海と有明海苔の魅力を全国に発信し続けている『株式会社アリアケスイサン』の海苔漁師古賀哲也さんの船を目指し、川面に光が踊る筑後川を訪れました。
−今はオフシーズンかと思いますが、海苔は何月頃まで生産するものなのでしょうか?
海苔養殖は、9月から4月がシーズンです。今年は4月20日頃終わりだったですかね。9月に漁場に支柱をたてて、それから種付けをして、育てて、種付けからおよそ1か月後には初収穫を迎えます。収穫期は、海で収穫した海苔を持ち帰り、専用の乾燥機械で乾燥し、乾海苔に仕上げる。これを繰り返すのが、海苔漁師の仕事です。
−種付け、収穫というと、何だか農業みたいですね。
まさしくそうです。海苔養殖は「海の農業」みたいなものです。特に有明海は内海なので、多少の時化でも海に出られます。日本の海苔の生産量のおよそ半分は有明海産なので、本当に海苔養殖に適した環境なのだと思います。その昔は「浅草海苔」っていうだけあって東京湾が海苔養殖発祥の地として有名でしたが、今は全国的にも品質の良い海苔が採れる有明海が一大産地となっています。『有明海で採れる海苔』となると、ブランディングが上手くて生産者も多い佐賀県のものが15年連続で生産量日本一になっています。
−15年連続はすごいですね。有明海がそれだけ海苔の養殖に適しているということなのでしょうね。
筑後川がこの海に栄養をもたらしてくれるんです。海苔は栄養が足らないと黒い色がだんだんと色がさめる“色落ち”と呼ばれる状態になります。黒くてツヤがあることが特に海苔の評価を左右するので、川がもたらしてくれる山や森の栄養というのはとても大切なんです。
そうそう、森と海の関係についてずっと発信し続けている宮城県の牡蠣漁師・畠山重篤さんという方がいて、畠山さんは「森は海の恋人」とおっしゃっています。森の豊かな栄養分が水を通じて川から海に流れこみ、海の生き物を育てる。という循環で自然が成り立っているということを長年に渡って提唱されていて、“漁師が森に木を植える”植樹運動もされています。海苔産地によっては山へ植樹をしにいく漁師さんたちもいます。うちの父も漁期が終われば山へ下草刈りへ行きます。僕も何度か行ったことがありますし、今後も行きたいと思っています。僕自身父親となり、家業として海苔養殖が出来る環境と、この有明海の環境を子どもたちに残せたらなぁという気持ちがあります。
−古賀さんはお父様の背中を見て育ち、そのまま家業を継いだということでしょうか?
小さい頃や若い頃は、いわゆる父の背中を見て育ちましたね。忙しい時や人手が足らない時だけ手伝わされていたので、全部が細切れで断片的で仕事の全体像もわからないまま、忙しさから不機嫌な父に怒られながら手伝わされていました。正直あの頃はしぶしぶやっていて、海苔の仕事が嫌いでした。(苦笑)
−そうでしたか。今のように積極的に動くようになったのは、いつ頃からでしょうか?
家業を継いでしばらく経ち、自分でオリジナル商品を販売し始めてからですね。それまでは、作った海苔は全部漁協に出荷していたのでお客様と直接やり取りすることも無いし、反応を知ることも無かったです。それが、オリジナル商品がきっかけで、自分の価値観が変わりました。お客様とつながって、今まで考えが及ばなかった消費者の方々のことを考えるようになったし、視野が広がりました。そして、生産者というか、食物を作る職人として責任を持たなきゃなと思うようになりましたね。そこから、情報発信をしたり、ワークショップをしたり、生産者の立場から伝えていくことの重要性も実感しました。
生産者の立場から伝えるという意味では、うちの息子には小さいうちから、家業である海苔養殖について全部見せていきたいと思っています。継ぐかどうかは別として。働く背中を見せる事はもちろんですが、それだけでなく、生産者として伝える姿や父が作った海苔を食べるお客様の反応なんかも見てもらいたいです。この有明海の海苔のことを少しずつですが息子にも理解できるようになっていってもらえればと思います。数年前に、小さな夢なんですけど、子どもと一緒にイベントやマルシェで海苔を販売するという夢が叶いました。10分ともちませんでしたが(笑)。今でもイベント出店の際は時々妻と一緒に遊びに来てくれます。
−継ぐ継がないはあるかと思いますが、夢がひとつ叶ってよかったですね。しかしながら国内の海苔養殖業は、全盛期に比べると縮小傾向にあると聞きました。中国産・韓国産の海苔の台頭、食の多様化、そして産業構造の変化・・・有明海も例外ではなく、この海を舞台とする海苔漁師の数も減少しているそうですね。
海苔養殖の場合、新規参入が厳しいんです。「区画漁業権」というものがあって、それは一般の人が簡単に得られるものではないので、今いる漁業者しか生産ができないんです。将来的には緩和されて参入できるようになるかもしれませんが、ほかにも漁船や海苔の乾燥機や養殖資材など設備投資も莫大な資金が必要なので、なかなかハードルが高いのが現状です。それが海苔業界の課題ですね。
あと海苔業界だけではなく一次産業共通の課題かと思いますが、漁期が決まっているので、人を雇用するにも通年での雇用が難しいです。家族だけでもなんとかできますが、親が高齢化したり後継者がいなかったり家族が少なかったりすると、人を雇わないととてもやっていけません。人を雇うにしても、通年雇用じゃないとなかなか人が来ない。仕事自体もハードなので、しだいに担い手不足になりますよね。なんとかしないと今よりもっと国内の生産者は減り、どんどん海外のものに追いやられてしまいます。
うちは一昨年に法人化し、今年から通年雇用も始めました。夏のオフシーズンに雇っている人と一緒に何か新しい仕事ができないか模索しているところです。オリジナル商品の販路拡大はもちろん、いろいろ積極的にチャレンジしていきたいと思っています。
海外のものに押されるだけでなく、産地を飛び越え、また異業種の方と手を組み、良い意味での競争や協力をすることで、自分たちの技術もまだまだ伸ばせると思っているので、まだまだ家業のため、そして有明海の海苔のために頑張りたいと思います。
『息子が大きくなった時に、継ぎたいと言ってもらえるような家業と、それを支える循環する環境を残していきたい』という古賀さんの想いに、自然相手の職業の方が持つ温かさと誇りを感じました。産業の担い手を支えるのは私たち生活者。九州が誇る宝の海・有明海に生きる「山と海のつなぎ手」を、これからもゆるやかに支えていきたいと思います。
【株式会社アリアケスイサン】
http://ariakesuisan.com/
住所:福岡県大川市大字小保961-1
TEL:0944-86-3326