福岡市の都心にほど近い、博多区堅粕の大きな通り沿い。風格のある白壁土蔵とレンガの煙突が圧倒的な存在感を放ち、道行く人の目を引く建物。ここは“博多百年蔵”の愛称で知られる石蔵酒造株式会社。140年以上にわたって人びとに愛され、いまでも博多の街に唯一残る造り酒屋として親しまれています。
2016年には私たちでも求人のお手伝いをさせていただきましたが、その際に入社された前田さんはすでに主力として活躍されているよう。
そこで今回は、その前田さんに改めて石蔵酒造はどのような酒蔵なのか、働いてみた感想を踏まえ教えていただきました。今後の計画にはなりますが採用の予定もあるということで、その前段として石蔵酒造のことを知っていただければと思います。
記事は2本連載(後半は7月中に公開予定)でお届けしていきます。まず1本目は酒造りについてです。
−今回はよろしくお願いします。採用が決まられた際に自衛隊のご出身とは伺っていましたが、その物腰柔らかい雰囲気からは想像がつきませんでした。そして全く異業種からの転職ですよね?
はい、それはよく言われます(笑)。出身は佐賀県伊万里市で、防衛大学校を卒業後、自衛隊で2年働いていました。
その後、公共性の高いサービスを支援する会社に転職して、人をまとめる仕事や新規事業などに10年携わりました。それから特に仕事を探していたわけではないのですが、2016年に福岡移住計画さんに掲載されていた「石蔵酒造」の求人に心魅かれて応募し採用いただきました。
−特に仕事を探されていたわけでもないのに、石蔵酒造さんに転職を決意させたのはどういった点なのでしょうか?
前から日本酒が好きで酒造りに興味があったのと、実は私自身がここで結婚式を挙げたということ、その時に見ていた建物や働いている人の雰囲気がすごく好きだったんです。そして募集記事を読んで何か運命的なものを感じ、その勢いのまま熱い熱いメールを送り、2016年9月に入社することができました。
−まさに運命みたいですね。入社から1年半で、すでに主力として働かれていると聞きました。改めて石蔵酒造さんについて知りたいのですが、どのような歴史のある酒蔵なのでしょうか?
もともと祖先は播磨国・石蔵村(姫路)にツールがあり、黒田家に仕えた商人「石蔵屋」だったそうです。
1600年の関ヶ原の戦いで功績を認められた黒田官兵衛・長政親子が、筑前福岡藩主の命を受けた際、石蔵屋も一緒に博多へと渡り、江戸時代には海運業を営み、江戸後期になって酒造業に参入したそうです。現在の「博多百年蔵」は明治3年に建造され、148年の歴史を刻んできました。
ちなみに、幕末維新の頃には、西郷隆盛や高杉晋作、福岡藩の加藤司書、野村望東尼らが密会する場として、奥座敷を提供したことでも知られています。
そんな歴史を受け継ぐ場所で働けるということで、入社が決まったときは背筋が伸びる思いがしましたし、周りの友人にも「うらやましい」と言われるので仕事に誇りを持っています。
−会社にはどのくらい社員がいて、前田さんはどんな仕事をされているのでしょう?
社員は20人で、パート・アルバイトの方々をあわせて約70人で仕事をしています。主に酒造りと販売を行う酒造部と私も結婚式でお世話になったブライダル事業部に分かれており、私は酒造部に属しています。入社してすぐ酒造りに関わり始めて、主に社員3人で酒造りをしています。
酒造りというと、だだっ広いところで杜氏さんを中心に多くの方が関わっているとイメージされるかもしれませんが、当社では最新鋭の設備を導入して、少人数で造っています。
覚えることはもちろん多くて、最初はベテランの方に教えてもらいながら、実践で覚えていきました。当社はいわゆる職人の長年の経験と勘に頼るのではなく、機械で細かく数値を測り管理しながら造っていきます。ちょっと現場をご案内しますね。
−機械が並び試験管があって、まるで研究所みたいですね。石蔵酒造さんの酒造りのこだわりを教えてください。
まずは原料にこだわっています。福岡市のお隣の糸島市は、酒米の王様と称される「山田錦」の全国有数の生産地です。当社では山田錦をはじめ福岡県産の酒米を使っています。そして、仕込み水は古来より「千代の松原水」と呼ばれてきた地下水。宝満山を源流としており、今もその地下水をくみ上げ濾過して、酒造りに活用しています。
−酒蔵の敷地で地下水がとれるのですね。造り方にはこだわりがありますか?
はい、大きく4つの特徴があります。
1つは「フレッシュローテーション」です。
これは仕込んだお酒を長く貯蔵せず、できるだけスピーディーに提供します。若いお酒ならではのフルーティな香りやフレッシュ感のあるお酒をお楽しみいただけます。
2つ目は「小仕込み」です。
1回の仕込みに使う酒米の総量を800kg以内としていて、大量に仕込むのではなく、少しずつ小分けにしています。人手やコストはかかるのですが、繊細な温度管理ができるというメリットがあります。
3つ目の特徴は「通年醸造」です。
酒造りは寒い時期にするものと思われがちですが、当社には温度管理に優れたサーマルタンク、冷房保湿機能を完備した上槽室(お酒を搾る部屋)や麹室があるため、通年で日本酒の醸造に適した環境を維持することが可能です。月に3回くらいのペースで新しい酒を仕込んでいます。
−なるほど、1年を通じて少しずつ仕込み、常にフレッシュなお酒を提供しているというわけですね。
はい、少し先の需要に合わせて柔軟に酒造りができますし、ロスが少ないというのも利点です。
最後4つ目の特徴は「全量槽しぼり」という点です。
発酵が終わった醪(もろみ)を絞り、原酒と酒粕に分ける作業を上槽と言います。今では「ヤブタ」と呼ばれる圧搾機を使う蔵元が多いのですが、当社では船形の容器に醪を入れた酒袋を並べ、ゆるやかに圧力をかけて絞る、昔ながらの「槽しぼり」を行っています。かなり労力や時間がかかるものの、圧力が弱いため雑味が少ないお酒に仕上がります。
−博多に残る唯一の造り酒屋として、いろいろな工夫があるのですね。
博多の真ん中にある限られたスペースで、少数精鋭で酒造りを受け継いでいくために、できるところは機械化しながらも、こだわりを貫いています。私は酒造りに携わるようになってまだ1年半ですが、ちょっとした時間や温度、原料の違いで全く違うお酒になることがわかり、ものすごく奥が深くやりがいのある仕事だなと感じています。もっとおいしいお酒を造れるようになりたいと思っています。
−どんなときにやりがいを感じますか?
以前の求人記事でも記載されておりましたが、当社は生産から消費まで関わる働き方をしています。私は酒造りのほかに、酒蔵宴会も担当しています。ここには部屋が5つあって、合わせて約200人のお客さんをお迎えできます。結婚披露宴や祝いごとなども全て合わせると、お食事にいらっしゃる方は年間3万人を超えているんですよ。
私は宴会責任者というポジションで、幹事さんと打ち合わせをして、食事や飲み物、スタッフを手配したり、当日は会場にもまいります。そこで“このお酒おいしいね”なんて会話を耳にしたら、心の中でガッツポーズ。自分が造ったお酒を褒めていただくと、本当にうれしいですね。前職はBtoBだったので、ここでお客さまに接して生の声を聞けることが、楽しくてたまりません。
−生産から消費まで一貫して関わることができるのはやりがいにもつながりますよね。そこも石蔵酒造さんらしいところですね。
そうですね。午前中は酒造りをして、午後には着替えて宴会に入ることもよくあります。当社には直売所もあり、そちらでもお客さまの声を聞くことができて、恵まれた環境だなと思います。知人が気軽に立ち寄ってくれたり、海外のお客さまにお越しいただくことも多くて、交通の便がいい都心にあるメリットを実感しています。
−地域に根づいた酒蔵として、櫛田神社や十日恵比寿とも関わりがあると聞きました。
はい。私たちの根底には地元の方々を大切にしたいという思いがあり、社長や専務をはじめ社員と話していると、それを強く感じることが多々あります。アットホームでフラットな組織で、すごくいい方ばかりなんですよ、手前みそで恐縮ですが(笑)。
ところで、10月1日は日本酒の日ってご存知でしたか? 毎年その日は、博多の総鎮守・櫛田神社に福岡県内の蔵元が一堂に集まり、新年度に向けて良質な日本酒の醸造と安全を祈願する「福酒奉納祭」が開催されます。県内の50を超える蔵元による祈願ですが、櫛田神社へのお願いや打合せは、地域的にも歴史的にも最も神社との関係が深い弊社を通じて行っています。
また、毎年2月には十日恵比寿神社に当社の社員一同が出向き、新酒醸造の無事に御礼申し上げるとともに祈願していただく「新酒奉納祈願祭」を行っています。当日は餅つきを行い、ご参拝の皆さまにお酒とつきたてのお餅を振る舞います。私は餅つきを担当したのですが、地域の方々と触れ合うことが楽しく、あたたかい気持ちになりました。
このようにして当社は氏神様に感謝申し上げながら、地域の方々を深く愛し、そして愛される関係を400年以上にわたって続けてきたのだなとしみじみ感じています。
今回は、長い伝統がありながら時代に合わせた石蔵酒造の酒造りと取り組みについてお話いただきました。次回は国の登録有形文化財にも指定されている酒蔵から地域とのつながりについてご紹介したいと思います。
【石蔵酒造株式会社】
https://www.ishikura-shuzou.co.jp
福岡県福岡市博多区堅粕1-30-1
〈直売所〉
営業時間:11:00〜19:00
定休日:年始(1月1・2・3日)、お盆