【ぼくらの会社見学vol.04】経営の柱にあるのは「ふくや」から継がれる精神とシンプルなロジック。(紅乙女酒造)

商品やサービス自体は知っているけれども、どこのどういう会社が手がけているものだろう?
ふと、そう思ったことはないだろうか。このコーナーはそんな会社の中身を見学・取材させていただくことで、福岡県内の素敵な会社の本質を紹介していくものです。

「フルーツの里」として知られる久留米市田主丸町。耳納連山の中腹から筑後平野をゆるやかに眺めながら、焼酎やリキュール、甘酒などの製造・販売を行っているのが(株)紅乙女酒造です。代表的な商品は、社名にもなっている「胡麻祥酎 紅乙女」です。

同社は、2013年に地域経済活性化支援機構の支援第1号として『明太子のふくや』のグループ企業となりました。そんな紅乙女酒造の再建について、ふくやの経営サポート室長から紅乙女酒造の取締役社長になられて4年半、吉村拓二社長にお話を伺いました。

自らの経験から考えた、「仕事とは何だろう?」

−もともと日本酒蔵元の女将が生み出された「紅乙女」ですが、ふくや傘下におかれる事になった時期はかなり経営状況が厳しかったと耳にしています。明太子が主力商品である『ふくや』が支援を決断されるまでに、どのような経緯があったのでしょう?

きっかけは、ふくやの現会長と紅乙女の当時の社長に元々ご縁があり、支援が決定する前から福岡在住の経営者などを中心に紅乙女を飲みながらの異業種交流会「紅乙女の会」が作られ、その事務局をふくやが担っていました。後に紅乙女支援の件で各方面からお声が掛かるのですが、前段としてはそういったご縁がありました。ふくやは「地域貢献」でよく知られる地場企業ですが、今も昔も博多に育てられたというご恩を感じており、紅乙女の支援に際しては「胡麻祥酎という唯一無二の素晴らしい商品を持っていること」、「ふくやと同じものづくりの会社であること」、そして「福岡県内にあり、地域に必要な存在であること」。最終的にはこれらの点が決定打となり、支援を決断したようです。

−そこで紅乙女酒造再建の担い手として白羽の矢がたったのが吉村さんなのですね。紅乙女の社長に就任される以前、ふくやの中でどのような業務を担当されていたのでしょう?

大学を出てふくやに入ってからは製造畑ひとすじ。明太子の製造はもちろん、生産管理や品質管理までほぼほぼ製造に関わる全ての業務に携わりました。入社して16年が経過した時、塾生として『九州・アジア経営塾』に派遣されました。同塾の4期卒になります。そして卒塾の直前に、経営サポート室に配属になりました。“自分”や“自部署”のことより“会社全体”について考えるようになったのは、経営サポート室での5年間が大きいですね。そこで、ふくや現社長の刺激を受けました。

−刺激とは、どういったことでしょう?

日常的に、社長が私の後ろの席からふとしたことを問いかけてくるんですよ。「日本企業の中で潰れたらお客様が泣いて悲しんでくれる企業ってどこと思いますか?」とか、「なぜ、靴を脱いで畳の上で仕事するようなオフィスってないのでしょうね?」とか(笑)
私はなかなか簡単に答えが浮かばないのですが、前者の質問の時に社長は「ハーレーダビッドソンは?」と問いかけてきました。あと、ご自身は畳の上に座卓を構えて仕事したり(笑)そういう日常の積み重ねによって、視野が広がったり、目の前のひとつひとつを意識して見るようになったり、またシンプルなロジックで突破口を探すようになりました。
私たちは会社という組織に属していて、知らない間に固定概念や聖域のようなものが出来上がってしまい、それに漫然と流されてしまいがちです。それを崩してもらえた日常の積み重ねが、今では非常に大きかったと思います。

−なるほど。その5年間で、「新しい経営の視座」を得られたのですね。紅乙女で社長に就任されて、当時の学びからハンドリングに活かされている事はありますか?

会社そのものや働き方についてすごく真剣に考えました。“仕事って何だろう?”って。たどり着いたのは「社員1人1人の人生を豊かにするための場を提供するためのもの」そして「仕事は手段であって、目的ではないんじゃないか」ということです。
例えば、個人商店だったら子どもをおんぶして接客することもあるでしょう。でも企業になると、なぜかNGになる。おんぶしても仕事できる会社があっても良いじゃないかと思ったのです。そっちのほうが子どもにとってはハッピーでしょうから。育児支援ではなく、働く親を持つ子どもにとってハッピーな環境を提供するという視点です。さらに、子どももいろんな大人と接して成長し、いつしかパパやママの会社で働きたいと思ってくれるかもしれない。それはひとつの理想形だと思います。仕事を通じて社員の人生が豊かになり、社会に対してもその企業が認められる存在であり続ける。だから、利益が大切なのです。

−吉村さんご自身の経験も反映されているのですか?

私自身、実は親の介護で大変苦労しました。特に父親は徘徊などもあり、きつかったです。さらに私は晩婚だったので、同時期に子育ても介護も重なって。。。一次は「介護離職」という言葉がよぎる事もありました。
だからこそ、社員1人1人に家庭の事情があって、それぞれにマッチした働き方をカスタマイズする必要があると思っています。紅乙女では社員が今50名弱なので、それを可能にすることが零細企業の強みになるのではないかと思うのです。人を育てるには時間も労力もかかります。だから予期せぬ退職者が出ることは、会社にとっても大きなマイナスです。なので働き方については本当に真剣に考えましたね。

−今、社員の方々はどのように働いていらっしゃいますか? 実は、今日この茶寮へ来る途中でもスタッフの皆さんが気持ちの良い挨拶をして下さって、とても爽やかな気持ちになる事が出来ました。

そうでしたか。ありがとうございます。スタッフには、良識ある文化を創ることが私の仕事だと伝えています。そして、酒造りも文化。自分たちは、そんな文化を育むような仕事をしているのだと胸をはれるようになってほしい。ここ最近は、蔵開きなどのイベントにスタッフの家族が来てくれます。会社に子どもを連れて来るスタッフや、結果として営業に強い女性スタッフも生まれ始めています。なにより、地元の方から「紅乙女変わったねぇ」と言っていただけるのが一番の喜びです。

−女性が働きやすい職場になってきているということは、子育てや介護、家庭との連続性が出てきているということでしょうか。そして「胸をはれる仕事」、実に素敵なキーワードですね。いまのお考えは今後もブレずにあるものだと思いますが、今後への抱負や想いを一言いただければと思います。

私たちが目指すものは「口福の酒(こうふくのさけ)」です。紅乙女の祥酎を飲まれるお客様はもちろん、お酒を販売してくれる酒販店の方々や紅乙女の酒に関わる人たちみんなに福を運べるような、そんな存在です。そのために謙虚に丁寧に仕事を追及していきたいと思います。

今回の紅乙女酒造・吉村社長へ伺ったインタビューは、「これからの経営者としての視座」に対する1つの提案だったようにも思います。この考え方から紅乙女酒造の新たな展開が生まれてくるのだと思います。ますます注目です。

※3月24、25日には紅乙女酒造も参加する「たのしまる春まつり2018」が開催されます。こちらも楽しみです!

私たちは商品だけでない、関わっている中の“人”にフォーカスすることで、また違った魅力が見えてくると考えています。こういった面からも福岡にある企業を好きになってほしいです。

【株式会社紅乙女酒造】
http://www.beniotome.co.jp
福岡県久留米市田主丸町益生田270-2

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