コロナで中断された登山
九州に移住して8年目の春のこと。毎年この季節には、大分県の竹田市に位置する久住山に登るのが私の毎年の楽しみとなっていた。雪解けとともに、春に芽生える緑や澄んだ空気を吸いながら山に登ることで日ごろの仕事の『毒』が抜けていく。そして、これからの時代をどうやって生き抜いていくかを夜テントの中で考え、九州一高い標高にある秘湯「法華院温泉」に浸かりながら考えを整理することをとても大切な時間と位置付けていた。しかしながら、2020年4月、5月はコロナによる感染が爆発的に増える中で山小屋が閉鎖し、登山さえも閉ざされた。(写真:コロナ直前に登った大船山の樹氷)
竹田市でのワーケーションのこと。企画をした合同会社NOOKの友永夫妻
2020年3月、竹田市との共同開催で、+Wander九州ワーケーションツアーvol1 2020 in 竹田を開催(※前回の内容と様子は記事を参照してほしい)。竹田という街は、歴史、自然、まちの魅力が非常に優れていると感じていてこの企画を開催した。行政も民間も、街のことを思う様々なプレイヤーが切磋琢磨していて、人、建物、コトづくり、自然など多角的な視点を得たり、刺激を受けることができるからだ。
この企画を支えて頂いた、友永ご夫妻は、数年前に福岡市内の大手広告代理店を辞められて、地域おこし協力隊になり、その後、お二人で合同会社NOOKを立ち上げられた。今回は竹田市が主催者となり、合同会社NOOKが中心となって企画し、竹田市の自然環境の最大資源である、2017年6月に認定された祖母・傾・大崩ユネスコエコパークの登録地の一部である祖母山麓を舞台にしたワーケーションプログラムを企画するというお誘いを頂いた。
登山を中止していた身体も心も、全力で参加したいと頷いた。今回私は、運営するSALTで一緒に働くコワーキングメンバーと一緒に参加させてもらうことにした。
今回のテーマはファミリー。働くことは家族と共に生きることであることを改めて感じる企画。
今回、友永夫妻と竹田市がテーマとして考えたのが、「ファミリー」だったという。コロナによってリモートワークが全世界的に半ば強制的にはじまった、これまで仕事は家族に持ち込まない。とか、仕事は仕事場できっちりと。というのが日本人の(特に男性社会の)ある意味の美徳・“ファミリーリテラシー”とも思われてきたが、その常識は覆された。
自宅を中心とした仕事が、全社会的に進行する中で、仕事というものが家族に、家族というものが仕事をぐっと手繰り寄せる形となり、子育てをしながら働くということのしくみを考えなければならない時期に来ていたと思う。そんな中で、祖母山という雄大な自然景観の中で、複数の家族や他人が入り混じり、廃校を活用した自然・社会教育の宿泊施設で2泊3日の居場所・職場・住居を共にするというのは非常に有意義な社会実験でもあると思い、改めてこの企画に共感を強めながら、出発を楽しみに待った。
(写真:今回ベースキャンプとなった祖母山の麓にある社会教育施設「あ祖母学舎」)
work×education 人と人のかかわり方、人と自然のかかわり方を学びあう大人にも子供にも充実したプログラムの数々
今回の企画では、単に雄大な自然に触れてリフレッシュするというリモートワークの場を提供するだけでなく、複数の家族同士、子供同士、大人も子供も入り混じって、人と人、人と自然のかかわり方をデザインするようなプログラムが豊富に用意されていた。
子供達には、日常に居ない他の大人の仕事の様子やふるまいを見たり、また雄大な自然への関わりや成り立ちを遊ぶように学べるプログラムが豊富に用意されていた。大人達には、そんな子供たちがスポンジのように素直に吸収していく様子を見ながら、日常のワークを行いつつ、興味あるプログラムに参加できるようにと、あくまでもワーケーションというベースを保ちながら、ゆるやかにそして心地よくプログラムの進行が続いていく。祖母山トレッキング体験はもちろんのこと、川辺を茶室に見立て行われたアート茶会、しいたけ原木栽培の収穫体験、祖母山で育まれた美しい水源の話、地元のお母さんたちの心のこもった美しい手料理。夜は「音楽室」がバーになり、絨毯に寝そべりながら大人同士の会話や交流を楽しんだ。
そして祖母山頂を目指して。コワーキングメンバーというファミリーで祖母山頂を目指す。登山という共通体験が価値観を形成し“チーム”を“ファミリー”にしていく。
2日目の朝、私達SALTのメンバーは、祖母山頂を目指すという独自のチームビルディングプログラムを許可してもらった。WEBプロデューサー、ディレクター、カメラマンという4人で山頂を目指す。何度か山を登っているメンバーと、これが初めての登山というメンバーで。祖母山、神原登山ルートから山に入ると、ちょうど美しい紅葉のシーズンで、木々の色合いと、山の湧き水が作る川のせせらぎがなんとも、気持ちが良い。普段は、ソロ登山が多い私はこうやって登るのは実は初めてで非常にわくわくした。
中盤かなりきつい傾斜が続き、初心者にも、そして登山を数か月休んでしまっていた私も、なかなか厳しい場面もあったが、みんなでペースをつくりながら、山頂に到達したときに味わう充実感。そして、山頂の登ったものだけが味わえる至極の料理“カップラーメン”を食べながら互いの健闘を称えあう。やはり登山はいいものだなと思った瞬間でもあった。
後日、この共通体験は、やはりずっと心に残るものがあった。
竹田市の祖母山、久住山登山は、チームビルディングにはもってこいだと改めて確信した時間であった。
これからのワーケーションに求められるもの。祖母山頂ファミリーワーケーションが提供する価値を考える。
最後に、参加者全員と、行政職員、地域住民が集まり、ワーケーションについて考えるフォーラムがデザインされていた。合同会社NOOKの友永夫妻の進行で、今回参加した、一般社団法人日本ワーケーション協会の古地さんから最新の国内ワーケーション事情についてのお話。その後、今回の参加者を代表して、株式会社モアモストの河野さん、snufkiins llcの今井さん、株式会社地域科学研究所の西田さんが参加し今回のワーケーションを振り返りつつ、これからこの地域で提供していくワーケーションについて、地域で活動される住民の皆さんや、行政職員のみなさんを交えて対話した。
ここで過ごした2泊3日の、あたたかく、心地よいwork×educationの時間をゆっくりとかみしめるように話す皆さんの様子に、地域住民のみなさんも行政の皆さんも、竹田市にある地域の日常の環境の価値や豊かさを、改めて発見されているようにも見えた。
このフォーラムで印象的な言葉として残ったのは、締めとして語られた合同会社NOOKの友永英子さんの言葉だった。
「これまでワーケーションとは、移動した先でどれだけパソコンを開いているか?スムーズにオンラインで仕事をしているか?という時間の事だった。しかし、本当の価値は、移動した先での出会い、体験や経験。むしろパソコンを閉じた時間の充実度が問われる。今回、このプログラムをとおして複数の家族でワーケーションをするという価値を確かめ合うことができた、これからも竹田の自然を活かしたワーケーションを考えて提供していきたい」
これからワクチンが提供されて行ったとしても、このコロナで根付いたオンラインを通じて働く、場所を問わずに働くという流れや価値観はおそらく、社会により浸透していくだろう。会社への移動時間が無くなったその時間を、どこで、誰と過ごすのか?家族とどう向き合いながら働いて生きていくのか?をこの祖母山ファミリーワーケーションを通じて感じ考えるることが出来たように思う。
もうすぐ春が来る。私は近日、竹田市の山に登りながら、ワーケーションをしに行こうと思っている。
(文・須賀大介 写真・小金丸和晃)
祖母山ファミリーワーケーションWEBサイト
https://taketa-city.jp/family-workation/#