ファッション、アート、インテリア、音楽、食など…多岐にわたるテーマを独自の切り口で提案する、ポップカルチャーの総合誌「BRUTUS(ブルータス)」。7月2日発売号は「福岡の正解」と銘打ち、なんとまるごと1冊福岡を大特集。なぜ福岡だったのか?なぜ今だったのか?BRUTUSの編集長・西田善太さんにお話をうかがいました。
―東京、大阪、京都以外で、国内の地方都市を取り上げるのは、創刊して38年ではじめてだそうですね。これまで西田さんご自身は福岡によくいらっしゃっていたのでしょうか?
1980年代はしょっちゅう福岡を訪れていたんです。空港から街が近いということもあって、ふらっと日帰りでくるような感じで来ていましたね。それからしばらくは遠ざかっていたんですが、「福岡の正解」の担当編集者の総研(編集者の伊藤総研さん)が福岡と東京の2箇所に拠点を構えるようになった7年ほど前からは、ちょこちょこ訪れるようになりました。
―福岡特集の構想はいつごろからあったのでしょうか?
福岡の特集自体は、3年くらい前から皆から企画案が出てくるようになりました。でも、ロンドンやNY、ソウルのような旅特集とも違う、日本のローカルな都市を全国誌でやる需要はあるのかどうか、迷いはつづきました。ただ、実は東京特集だって今は難しい、と思うんです。必ずしも東京が地方から憧れられるような都市ではなくなっているし、その肌感覚を僕らは年々感じている。そんな中、総研は「福岡特集をやりたい」っていい続けていました(笑)。実際その場所に住んでいる人が「やりたい」っていうわけですから、それはすごい覚悟だなって。だから、勘でやってみてもいいかなって思ったんです。大阪でも京都でもなく「なぜ福岡?」って思われるような特集をやるのも、BRUTUSらしいかなって。
自分なりの正解がある街
―「福岡の正解」ということばは、とてもインパクトがありました。このタイトルにしようと思ったのはどうしてでしょうか?
「福岡は日本の“首都”です」が仮タイトルでした(笑)。これまでのBRUTUS特集で「恋の、答え。」「お金の、答え。」というタイトルもやってきた流れで、「福岡の正解」が生まれたんです。誌面には明確な答えを書いているわけではないけれど、間違っているわけじゃない。今回の「福岡の正解」っていうのは、“誰にでも正解”を載せているのではなく、“誰にとっても正解がある街だよ”っていうことなんです。これは、正解がたくさんある福岡だからできたことです。
実際、発売後にSNSで「私の正解はこれだ」など、自分なりの正解を発信している方も見かけました。勝手に議論が巻き起こるって現象が面白かったですね。
―表紙のモデルを明太子に、さらに文字だけの構成にしたのはどうしてでしょうか?
ロンドン特集や東京特集では、タワーを表紙にしているんですけど、福岡だから福岡タワーっていうのも何か違うよな…と。僕のまわりの福岡の人たちは口をそろえて「観光地がない」「見せるところがない」っていいますよね。まさにそれは今回のスタッフたちも言っていて。でもページを編集しているうちに気づくんですが、“日常の質が全部ちょっと高い”のが福岡なんですよね。だったら無理して表紙を何かの写真にする必要はないし、雑誌の中に載っているスポットは全部正解だと思うから、特別一箇所の写真をピックアップすることもないのかなって思ったんですよ。
1番面白い福岡のガイド本
―情報量がすごいな、と感じたのですが、ガイド本との違いというのは意識されたのでしょうか?
これも、ガイド本っちゃガイド本だと思うんですよ。でも、ガイド本ってもちろん役には立つんですけど、面白い要素はほぼないですよね。だから、BRUTUSが考える理想のガイド本をつくったんです。僕の考える理想のガイド本は賞味期限が3ヶ月程度ぐらいがちょうどいい。街のスピードってそのくらい早いものだと思うから、それ以降は何かしらの修正が必要になるけど、その3ヶ月はなによりも役に立つガイドがいい。「福岡の正解」は、福岡のどのガイド本よりも面白くしてやろうって思って、定番で安定したお店ばかりを掲載するのではなく、今しかないものや、今から開く注目店もニュースとして掲載しました。
―企画はどのように練られたんですか?
BRUTUSの悪いクセなんですが、ただ情報を掲載するだけじゃなくて“企画”にしないといけないわけです。例えばラーメンとうどんの対決企画。企画自体に深い意味はないですが、こんなに互角に勝負ができる地域ってほかにはないわけですよ。
それから、たくさんの印がつけられた酒屋マップ。福岡では2つのいい酒屋が多くの店舗に卸していて、それを地図で現したものを掲載しているんですが、地図自体には何の意味もないわけです(笑)。ただ、これを見た人が居酒屋で「どこからお酒を仕入れているんですか?」って、そこから話が広がればプロっぽくて面白いかなって。1番こわいのは、地元の人たちがそっぽ向いてしまうことなんですよね。だから、福岡に住んでいる人も“もしかしたら知らないかもしれない”ことを企画として打ち出していって、興味を持ってもらえるような構成にしました。そして結果、福岡の書店でとてもヒットしたようなので、ちょっと安心しています。
―特に悩まれた点はありますか?
いつもBRUTUSをつくる上で心がけているのが、たとえば見開き2ページで読む人に与えられる満足度・価値を過去の号と同じにするようレベルを上げていく、ということです。今回は福岡特集ということで、どちらかに偏らないように東京と福岡にいるメインの編集者が細かく摺り合わせながら調整しました。福岡に住んでいる編集者はもっと情報を入れたいと思っても、編集部の視点で見ると情報過多に見えてしまったり…地元にいると捨てきれないものが出てきたりするのをばっさり切れるのが、編集の思い切りです。
―この号を、どんな風に楽しんでほしいですか?
特集はいつも100点の状態で世の中に出しているつもりです。でも雑誌は世に出た途端に60点になってしまう、読んでくれる人がそれぞれに楽しんでくれればいいからです。表紙の左上に入れている「行きたくなったら、ごめんなさい。」という惹句はそれでも、この号を作った全員のちょっとした自信です。福岡に惚れちゃったらごめんな…みたいなね。
(取材会場協力:六本松 蔦屋書店)