【F-LIFE SHIFT story vol.01】シンプルに生きるまち福岡県八女市。想いがあるから、居続けている。

「F-LIFE SHIFT story」は福岡に移住してきて暮らしや働き方、考え方などをシフトした人たち(先輩移住者)のストーリーを追った特集です。福岡に来て何が変わったのか、これから福岡で暮らしていきたい・変えていきたいという人たちの参考になればと思います。

まちをコーディネートしている人

2014年から福岡県八女市に移住し、様々な地域活動に携わっている中島さん。「今のお仕事は何ですか?」と問うと「何でしょうねぇ」と言いながら色んなことを話してくれました。
人との繋がりを作りながら、まちをコーディネートしている中島さんに、八女の魅力を教えて頂きました。

中島 宏典
1985年生まれ。福岡県みやま市出身。千葉大学大学院を卒業した後、京都市景観・まちづくりセンターに勤務。2014年、福岡県八女市にJターン移住。

−中島さんと八女の出会いは何だったんですか?

「建築学科の学生時代、木造建築に興味があって、図面などを書かせてもらえるインターン先を探していたんです。本当は東京の設計事務所に憧れて行きたかったのですが、先方に断られてしまって。先生が紹介してくれた八女の設計事務所にお世話になることになりました。正直、当時は古い町並みに関心があったというわけでもなかったので“はぁー近くの八女かぁー”って思っていましたね(笑)」

−実際に訪れてみて印象は変わりましたか?

「衝撃を受けましたね。建物が連続した面で残っていることを知ったんです。それで時代ごとに違う建物が建っている。連なってまちをデザインすることができるんだなっていう衝撃でした。さらに、関わっている人たちが熱くて、いままで見たことがない活動を積極的にされていたんです。すごく雑全としているんだけど、一個一個の建物を調査すると、こだわりが感じられてかっこいい奥深さがあるんです。それから2年間通い詰めて、更にもう2年インターンを受け入れてもらえることになって、八女に1年ほど住みました」

−その後八女を一度離れたともお聞きしました。

「そうなんです。インターン中は八女のまちづくりにも関わらせてもらったんですが、八女に対して“もっとこうなったらいいのに”という想いが少し出てきたんです。そのために必要なことを外で学ぶとともに、ネットワークをつくろうと思って、千葉、滋賀、京都に住みながらまちづくりに関わらせていただいて、公的なものと民間が混じり合っている組織が必要だなと常々感じてきました。それで、八女市と民間の中間的な位置に立てるだろうということで地域おこし協力隊として、八女に帰ってきたんです」

−八女に帰ってからは何をされていたんですか?

「八女では、旧八女郡役所の再生をメインに取り組んできました。一般的な文化財としての修復工事をすると1億以上かかるといわれた建物なんです。しかし、そんなにかけられないので、テナントに入っていただいて返せる金額で、できるとこまで徐々にやっていこうと仲間で決めて。地元の方にも概ね好意的に受け取ってもらえて、できあがっていく姿を見て立ち寄ってくれるようになりました。修復前は、ほとんどのの方々に“残らんやろ”“厳しいね”と言われながらも、残したいよねっていう話で。ここをいかに残すかをずっと考えながらやってきましたね」

−これからは何に取り組んでいく予定でしょうか?

「地域おこし協力隊の任期を終えて、これからは八女材(木材)の商社の立ち上げ準備を始めます。森(林業)をきちんと手入れしていかないと、まちがよくならないと考えていて。八女って、福岡県で一番の森林面積を持っているんですが、世の中的には、良い材があることも含めてあまり知られていない。そこを伝えていくのが僕らの仕事になっていかないかと。もちろん、八女の中でも木を使ってもらい、福岡市でも使ってもらえるような試みを始めています。中でも、一次産業や、二次産業の技術者の方々に学んでいきたいと思っていて。八女は伝統産業に関わって生きる人が多いまちなので、繋げていきながら新しく作っていく、そこにどう貢献していけるか模索中です」

−自分で仕事を作っていくんですね。仕事の作り方ってあるんですか?

「まだ作り始めなので、どうなるのでしょうか。でも地方の強みって、なんとか生きていける術があることかなと思うんですよ。八女でも、畑仕事してもいいし、ネットもあるし、八女茶をはじめ、櫨など季節労働の仕事下さいってお願いすることもできるでしょうし」

−八女は移住者に対して開かれているまちですか?

「地域に入り込めるかどうかって結局お互いの相性みたいな部分もありますよね。そこに誰がいるか、みたいな。公的な制度的には手厚いと思いますよ。ただ日本中どこでもそうなんですけど、移住するにあたって地域の壁っていうのは絶対ありますよね。地域にはその地域ならではのルールがあるので。それを身に付けることが、まず生きる術だと思います。すごく感覚的なことなので、僕も失敗したり怒られたりしながら少しずつ身に付けてこれたかなとは思いますが、まだまだです。あぁもういやだ、関わりたくない!って思ったこともありましたけどね(笑)」

−それでも八女に居続けたのはどうしてですか?

「八女が好きな上に、八女への想いなんでしょうね、きっと。わからないことが沢山あるからかもしれません。知りたい欲求が強くて。林業起点のまちづくりに関与するにあたって、この1年八女の色んなところを回りましたけど、新しいことをいっぱい知りました。もっと行けばもっと知れるんだろうなって。外からきた人と話していても、八女の可能性を沢山感じる機会も多々あります。八女が生き残る術、さらに後世に持続的に引き継げる形の仮説を立てているとワクワクします。楽しいことはもちろん、ワクワクするから関わり続けているんだと思いますね」

−今後の目標は?

「正直今は色んなことを試している段階で、人生の最終的にどこに向かうかってわからないですね。だから当面の目標としてはまず自分が生きていくことです(笑)あとはそうですね、いろんな仲間を増やしたい気持ちはあります。でも仕事もないのに人を呼ぶことはできないので、ちゃんと稼がないといけないなって思ってます。八女の外で仕事してもいいんですけど、八女からは日常的に離れたくなくて、日帰りできる範囲でまずは模索したい。八女のゆったりした空気感・空間・人柄が好きなんです。ずっと八女にいなきゃいけないとは思っていないし、自分がいても仕方がない時期がくるかもしれませんが、今は八女にいたいので、やっぱり八女で生きることが目標ですね(笑)」

−本当に八女がお好きなんですね。中島さんにとって八女の一番の魅力は何ですか?

「八女って、田舎っぽさの残るおおらかなまちというか。素朴で純粋であるがままな感じなんですよね、みんな“ここにあるけん、それば使っとっちゃん”くらいの感じ。必要なものは必要だから残す、みたいな。だから無駄なく当たり前のように連綿と伝統産業が残ってきたんだとも思います。シンプルに人間が本来持っている本質に近いところで生きているまちなのかな、と。」

−移住を考える方へのメッセージをお願いします。

「住まないとわからないので、ぜひちょっとの期間でも住んでみてください。泊まれる町家「川のじ」に宿泊いただいて体験から始められるのもありでしょうか。結局、あの地方がいいよねって言われて行っても、結局相性やタイミング、ご縁でしょうから。旧八女郡役所に来て頂ければ、八女に住むための情報提供とかご相談はいつでも受けますよ。僕たちは地域のリアルな情報源の1つではあると思っています」

中島さんのお話からは八女への深い愛情が伝わってきて、中島さんがここまで魅了される八女のことをもっと知ってみたくなりました。中島さんに案内してもらいながらまち歩きをしたら、より一層楽しめそうです。移住を考える方は一度中島さんを訪ねてみてはいかがでしょうか。

"ひと"の関連記事

keyboard_arrow_up