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【ぼくらが連れて行きたい店vol.13】地元の食材を大切に、お客様の感動を生む『わざわざ行きたい店』を目指して。(Spoon)

2017.1.17  

魅力的なお店、また行きたくなるお店って何だろう?
それは提供される商品(サービス)の質?もちろんそれもあると思います。でも“誰が手掛け、どんな想いやコンセプトでやっているのか。その人に会いたいから行く、その人が手掛けたお店だから行く”これが一番の動機になるのではないかと思うのです。
このコーナーでは単なるお店の紹介ではなく、“人”にフォーカスしてお店を紹介していきます。

無縁の地でのハードル

田主丸駅から耳納連山方面へ進み、山苞の道をしばらく進むと、大きな窓の白壁のレストランが見えてきました。小さな頃からの夢=「コックになる!」を追求し、ついにオーナーシェフとして2012年にこの地にフレンチレストラン『Spoon』をオープンした井上さんに会いに行きました。

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※店内に入り見えてくるのは、カウンター越しの田主丸の風景と冬の青空。時にはJR久大線を走るななつ星も見えるそう。

訪問したのはランチタイム。大勢の方が楽しげに談笑しながらゆったりと食事をとっていました。

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※サラダには20種類前後の季節の野菜を。蕪や蓮根など冬野菜の美味しさがつまった一皿です。柿のドレッシングは柿の一大産地であることを気づかせてくれます。

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※鰤のグリル。菜花のソースやドライしたみかんパウダー、エディブルフラワーなど地元食材を上品に盛付けされています。

−井上さんがここに『Spoon』をオープンされたのが2012年ですね。田主丸のご出身ですか?それと、若い頃から料理の道に進もうと考えていらっしゃったのですか?

「久留米は久留米なのですが、諏訪野町というところの出身です。ですので、ここ田主丸町には全く縁がありませんでした。父親・・・ヒロシって言うんですが、ヒロシが元料理人で、家に料理書が沢山あったんです。3兄弟の真ん中で育ちまして、その中で僕だけがその料理書に興味を示しまして。小さい頃から台所に立つような子どもでした。幼稚園の卒園の時には“大きくなったらコックになる!”って決めてたし、高3の時には自分の店の屋号は“Spoonにする!”と店名まで決めてました。その頃からの友人達には、『本当に夢を叶えたね。』と驚かれます。父ヒロシにずっと反対されても、初志貫徹して高卒で料理の道に飛び込んだので、幼少時代からの夢であるコックさんになる事はできました」

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−どのようなところで修行されてきたのでしょう?

「いくつかお話すると・・・最初に入ったのは、久留米の『萃香園ホテル』の洋食部門です。約7年お世話になりました。ここは久留米の中でも老舗ホテルで、下積みから色々な事を経験をさせて戴きました。それと・・・大阪ではバルビバーニが経営する『GARB』というイタリアンのお店で約2年ですね。4階建ての大箱で最大300名以上のお客様が入るようなお店でした。朝から晩までパスタを作り続けたりしていましたね。それから、オイスターバーで約3年です。ここは副料理長からスタートし、料理長、『ハカタステーションオイスターバー』の立ち上げと西日本エリアマネージャーを経験させてもらいました。ここで経営管理側の仕事を経験出来たことがとても力になりました。フードメニューのレシピ開発なども勿論担当していたのですが、その他に経営数字やマーケティングをきちんと把握できるようになった事が大きかったですね」

−なるほど。では「いつかは独立してお店作るぞ」と決意しておられた頃から、田舎や郊外で開こうと思っていたのでしょうか?

「いえ、若い頃は市内での出店を考えてました。いわゆる居抜きですよね。でも、まだ結婚前でしたが今の妻と一緒に欧州を旅した時に、庭先のハーブを摘んでそれが料理に使われているような邸宅レストランを拝見し。『僕の理想の形かもしれない・・』って思って。それからですね。郊外の田園風景の中で店を開いて、自分もそんなリアルな地場のお料理を提供したいな・・・と思ったのは。そしてこの素晴らしい土地に出会う事が出来て、地元の採れたてのお野菜を毎日使わせて戴いてその日だけのコースメニューを書く、その日々のルーティーンが楽しくて仕方がないのです。無農薬、減農薬で切磋琢磨して下さる生産者の方々に感謝の気持ちでいっぱいです」

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※田主丸の風景に溶け込む佇まい。

−お店のオープンは、とんとん拍子に進んだのですか?

「んー・・・最初は金融公庫に店舗内装部分の融資をお願いしたんです。もう建物部分はあったので。事業計画書もかなりきっちりと作り込んで、自信満々で。でも、このあたりで僕がやりたいようなお店の前例が無くて、判断しかねる、となってしまって。とにかく走り始めているからどうにかしなくてはいけないわけじゃないですか。その時にはもう結婚して息子もいましたし。妻にもハラハラさせ通しですよね。そこから、もう一度事業計画書を練り直して、保証協会に保証をつけてもらって、ようやく、地元の地方銀行に融資をしてもらえることになりました。『融資決定』の連絡をいただいた時は本当に嬉しくて、妻とハイタッチしました。今でも忘れないです。そこから友人のデザイナーに力になってもらって、店舗内装やデザイン周りの事をガガーッと詰めていって・・・オープンまで2カ月ぐらいでとにかく動き続けましたね」

−ハラハラですね・・・。オープンされてからはいかがでしたか?

「大々的な告知をせず、口コミでお客様に来ていただける店にしたいと考えていまして、Facebookのみで発信をしていました。半年位はなかなか動きがなくて・・・暇な日がきつかったですね。来てくれていたスタッフが気を利かせて理由を作って早退を申し出てくれたり。申し訳ないですけど、気づかないふりをして甘えたりしてました。妻もまだ子どもが小さい中で頑張ってくれました。時には妻の実家のお母さんにも協力してもらったり・・・本当に感謝です」

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「でも、一度ご来店いただいたお客様がまたリピートして下さったり『ソワニエ』や『epi』に掲載していただいた事がきっかけで、段々とお客様の人数も増えていきました。今は、リピーターの方々が6~7割ぐらいを占めます。そして、ほぼ9割が女性のお客様です。中には、月に2回はディナーを楽しんで下さる方や、佐賀から毎月足を伸ばして下さる方もいらっしゃいます。ありがたい事です。『わざわざでも来て頂ける店』を作り上げたいというのは、事業計画書にも当初から書いていたことなので、今のところその方向性に進めているなと思っています。
それと・・・例えば、お客様のグループ構成を見たり、お客様の体調や年齢をうかがいながら料理を微調整してご提供すること、あるいはアレルギーをお持ちの方、最近だと小麦粉のアレルギーを持つ方などもいらっしゃるので、そうした方々がテーブルの皆さんと同じような料理を召し上がって頂けるようにすることなどは、自分の店、そしてカウンターキッチンだからこそ臨機応変に出来る事かなと思います。お客様の背景を推し量るということですね。リピーターの皆さんは、そうした事も知っておられるのでしょうか、カウンターを希望される方が多いです」

まずは目の前のゲストを

−繊細な気配りで小さな感動を生む事は、オーナーシェフとしてご自身でジャッジできるからこそ、かもしれませんね。それと、各周年イベントで地域の色々な事業者の方とコラボしておられる事も「お客様に感動を」という井上さんのお気持ちからかと思うのですが、その他に田主丸のこのエリアを牽引していきたいという考えをお持ちだったりするのでしょうか。

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※Spoonのある山苞の道からは、田主丸の風景が一望できる

「うーん・・・半年前ぐらいまでは、そういう気持ちだったんです。このエリアをどんどん元気にしたい、引っ張っていきたいって意気込んでいたんです。でも、『仏生山まちぐるみ旅館』を運営する建築家の岡昇平さんから、衝撃的な一言をいただいて、今はまず『Spoon』での食事や空間に満足してもらうことを頑張ろうという気持ちが強いです」

−どんな一言だったのでしょう?

「『ここの地域は今のままでもう出来上がっているじゃないですか。みんな、幸せそうですよ。おばあちゃん、すごくいい顔してましたよ』と言っていただけたんです。このエリアへお客さんをどんどん呼び込むことに一生懸命になる必要があるのか、と。この言葉をいただけて、本当に肩の荷が下りたというか・・・気が楽になりました。
1軒1軒が頑張っていけばいいんだと。僕は、楽しく大好きなお料理をして、ゲスト一組一組に笑顔になって戴けるように尽くしてお客様にリフレッシュして戴けるように徹すればいいんだと思えるようになりました。そしてこのエリアのお店様や生産者様を巡って更に素敵な出会いになってもらえたら・・」

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−このあたりは温泉もありますし、美味しくて有名なパン屋さんもありますしね。1つ1つのお店が頑張る事で、地域全体が巡れる関係性に育っていけばいいという事ですね。では、この田主丸で井上さんが次に目指す夢を教えて下さい。

「まだ子どもたちも小さいですし、今すぐ動くわけではないので、公言した事はあまりないのですが・・・料理を楽しんでいただいて、翌日までゆっくりと過ごしていただけるようなオーベルジュを手掛けたいと思っています。欧州を巡った時に見た光景が、心にずっとあるんですよね。それを叶える事が出来たら。目標に執着はしませんが、掲げる事はとても大事だと思っています。僕は、常に目標を持って動いてきましたから。自分たちが楽しく暮らしていくために、これからもポジティブに取り組んでいきたいです」

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お皿の上の表現でお客様の感動を呼ぶ、わざわざ行きたいお店に育てる・・・チャーミングな雰囲気の井上シェフですが、実はとても熱くて芯のある方でした。「コックになる!」宣言をした少年の頃のポジティブさでSpoon10周年、そしてオーベルジュへの夢へと向われていくのでしょう。楽しみです。

*Spoonでは現在スタッフ募集中との事です。井上さんのもとで料理修行をしたい方、チャンスです!

【Restaurant Spoon】
福岡県久留米市田主丸町益生田261-27
TEL:0943-72-0090
営業時間:11:00〜15:00(L.O.14:30)
17:00〜21:00(L.O.20:30)※ディナーは完全予約制
定休日:不定休

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高木 亜希子
千葉県出身。
うきは市浮羽町で自然卵の養鶏を営む【ゆむたファーム】の嫁。また【あきこ商店】として筑後地方の食に関わるヒト・モノ・コトを伝える活動をしている。